【特集】「放牧経産牛」のおいしさを伝えたい 26歳繁殖農家の挑戦 別れとお披露目の日に密着

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秋田 2025.04.22 18:12

出産を経験した母牛・経産牛の食肉に付加価値をつけ、売り出している放牧場があります。

その経産牛の食肉を使ったディナーイベントが先日開かれ、参加者から高い評価を得ました。

出産、放牧、出荷、そして食卓に上るまでには山あり、谷ありです。

鳥海山のふもとで育まれたウシと繁殖農家を追いました。

先月下旬、にかほ市のレストランで開かれた、ディナーイベント。

参加者が舌鼓を打っていたのは、かつて「硬い」、などとして市場価値が低かった、出産を経験したウシ「経産牛」です。

「放牧経産牛」というブランドで販売されている、この牛肉。

生産されたのは、鳥海山のふもと、にかほ市象潟町の横岡地区です。

ここで50年以上前から続く放牧場で育った母牛たちは、広大な土地を駆け回り、鳥海山の恵みで育まれた青草を食んで過ごすため、うま味がぎゅっと凝縮された味わい深い牛肉に。

10年余りの歳月をかけて育まれた命、そのおいしさを届ける男性を取材しました。

■「放牧経産牛」のイメージを変えたい…26歳 繁殖農家の思い

繁殖農家の渡邊強さん26歳。

父親が営んでいた放牧場の経営を6年前に継いで、黒毛和牛の繁殖に取り組んでいます。

年に16頭の子牛を出荷している渡邊さん。

牛舎には、生まれたばかりの子牛もいました。

「感動もありますし、達成感みたいなところも多いですよね。種付けから生まれるまでやっぱり300日、290日くらいかかるので」

出産のスピードや体の大きさは、ウシによって様々です。

気を抜けず、眠れない日が続くこともあります。

無事生まれた子牛は、家畜市場で競りにかけるまで約9か月、病気などに注意しながら育てています。

子牛と違い、より長い時間をともに過ごすのは、母牛です。

「家族に近いのかもしれないですよね、本当に、毎日顔を合わせてるウシでもあるので、ただペットではないんですよね。難しい存在だなって。うまく定義できてないです」

10頭近くの子牛を産み、10年ほどでその役目を終える母牛。

食肉としては市場価値が低いとされてきましたが、渡邊さんは、にかほの豊かな自然で育った味わい深い肉、「放牧経産牛」として4年前から販売しています。

「こういう価値が実は、格付けとは別で、こういうおいしさっていうのがあるんだよっていうのをやっぱり伝えたいなと思って」

■「家族に近い存在」13年間一緒に過ごした母牛との別れの日

そして、この春、新たに経産牛を出荷することに。

放牧場のリーダー的存在、13歳の「すすき」です。

「こういうふうにフラッと。近づくと角を向けてくるんですよね。こういうふうに。なんですけれども、例えば、こういうかゆいところをピンポイントでかいてあげると、もうご覧の通りおとなしくなる…あ~、そんなことないですね」

思い通りにならない一面もある「すすき」。

13年間、一緒に過ごしてきました。

黒毛和牛としての血統がよく、肉の食味の良さに期待をしている一方、長く共に過ごして、愛着が深い分、寂しさも感じているという渡邊さん。

自らの手で送り出すことを決めました。

「やっぱり最後は肉になるんだから、ほかの人じゃなくて自分で届けようっていう。同じ死なら自分が最後まで携わりたいっていう気持ちですね」

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「なんていうんですかね。いつもはこう、かわいいね、みたいな感じでやるんですけどね。きょうはきれいにするためにブラッシングをしたりとか。まぁ、最後のあれですかね。別れの前のブラッシング。特別ですよね」

「すすき」を出荷する日。

別れの時が近づいていました。

「この子が生まれたタイミングだと、僕が中学1年生ぐらい。なので、まぁあっという間ですよね…よし、じゃあちょっとエサをやって、そのあと積み込みます」

「ふ~、ほら行くぞ」
「よしよしよし、いいぞ」
「ありがとな。ふ~」

■おいしさと味わい深さを伝えたい 経産牛のお披露目

「すすき」が食肉になってから1か月。

お披露目の特別なディナーイベントが開かれました。

「2011年からずっと育ててきて、このためだけにたどりついたというウシですので、いただきますと言って、召し上がっていただければ幸いです」

「そうっすよね、いけますよね、全然。結構、脂強めだと、わりとこの量でも、ね。きちゃいますよね」

「うま味の塊でおいしいおいっしいって」

「僕、一番大好きなのがローストビーフなんですよ、うちの肉で」

消費者と直接やり取りして、経産牛への思いを伝え、そのおいしさも共有したい。

イベントは、出荷の度に開かれています。

その初回から調理を担当するシェフも、食材としての経産牛に、大きな可能性を感じています。

レメデニカホ 渡邊健一シェフ
「本当料理するっていう、お仕事をさせてくれる。食材としてはすごい素敵な、素晴らしい食材だなと思います」

渡邊強さん
「ただの牛肉ってわけじゃなくて、すごく味わい深いっていうのがあって、それを伝えていきたい。本当にいろんな方たちが、長い間、長い13年間の間、関わってきているものなんですね。だからそういう意味で、そういったことまで、ちゃんと伝えていければなぁという思いでいますね」

命をいただくということ。

渡邊さんは、これから先も母牛を育て、売り出す思いを消費者に伝えていきます。